
仁左衛門さんの俊寛。たったひとり島に取り残されるあの心情の揺れを、大きな動きではなく、ふとした仕草や表情、声色だけで描ききっていく。ぐうの音も出ないとはこのこと。さすがすぎて、ただただ見入った昼の部、やはり今日も最高でした。
顔見世ってなに?
毎年12月、京都・南座で行われる「吉例顔見世興行(きちれいかおみせこうぎょう)」は、東西の歌舞伎役者が一堂に会する、京の師走の一大行事です。江戸時代、劇場と役者は一年契約で、毎年11月に新しい顔ぶれをお披露目していたのが始まりなのだとか。いまも京都の人にとっては、年の瀬を告げる風物詩ですよね。

劇場正面に、役者さんの名前を勘亭流(かんていりゅう・太く丸みのある独特のあの書体)で書いた「まねき」という木の看板がずらりと上がると、街がぐっと華やぐ。まねきが並び、赤い大提灯が下がり、やがて「本日初日」の貼り紙が出る——南座がだんだん顔見世の顔になっていく様子を眺めるのも、この時期ならではの楽しみ。


今年は八代目尾上菊五郎・六代目尾上菊之助の襲名披露。松竹創業130周年の節目も重なって、お祝いムード満点。
南座ならではといえば、ロビーの「竹馬(たけうま)」。ひいき筋から役者さんに贈られるお祝いの飾りで、これは南座の顔見世でしか見られないのだそう。誰がどの役者さんを推しているのかがわかるのもおもしろい。京都の料理屋さんの名前もちらほらあって、土地柄を感じます。
お名前を見ているだけでお腹が空く。

そして客席に入って目を奪われたのが、舞台にかかった祝幕(いわいまく)。青い山並みに、黄色と赤のまるっこい生きもの。なんだろうこれ?と思って見ていたら「獅子」でした。今回の襲名のために新しくつくられたもので、フランスの老舗MOYNATとの協業、グラフィックデザイナーの永井一正さんが原画を手がけた一幕。6月の歌舞伎座で上演された『連獅子』の親獅子と仔獅子がモチーフなのだそうです。ポップでかわいくて、開演前からいい気分。

下手の桟敷から
今回のお席は、下手側の桟敷席。一段高くなった、あの座敷のようなお席です。ちょっと特別な気分になりますよね〜。昼の部は、京都を舞台にした華やかな舞踊『醍醐の花見』に始まり、阿呆を装う公家の本心が見える『一條大蔵譚』、襲名披露狂言の『玉兎』と『鷺娘』、そして『平家女護島』の「俊寛」という構成で、見ごたえたっぷりの並びでした。
イヤホンガイドももちろん今回も借りました。あらすじや背景をその場でそっと教えてくれるので、初心者にはやっぱり心強い。いつもどおり、とても分かりやすかったです。

俊寛、ぐうの音も出ない
そして、いちばんは「俊寛」。
絶海の孤島に流された俊寛が、都へ帰れると喜んだのも束の間、赦免状に自分の名前だけがない——というあのお話です。仁左衛門さんの俊寛が、本当にすごかった。
見せ場は派手な立廻りでも大見得でもなく、心の揺れそのもの。帰れるかもしれないという希望、それが裏切られたときの絶望、それでも仲間を送り出そうとする想い。そういう移ろいが、ふとした仕草や表情、声色だけで、こちらにまっすぐ伝わってきます。人の心情を、あんなにも繊細に立ち上げられるものなのか。さすがすぎて、ぐうの音も出ませんでした。
断崖に立つ幕切れの姿は、しばらく頭から離れませんでした。これを観られただけで、京都まで来た甲斐があったというもの。
幕間ダッシュ、にしんそば
ここでひとつ、おひとり様らしい武勇伝を。
南座のすぐお隣に、にしんそば発祥のお店「松葉(まつば)」さんがあります。文久元年創業以来160年以上続く超老舗。「幕間のお食事承ります」という貼り紙もあるくらい、観劇とセットのお店なんですよね。
ところがわたし、大胆にも予約はしていなかったのですが、えいっと幕間にダッシュ。短い幕間のあいだに、滑り込みで席に着き、運ばれてきたにしんそばを大急ぎでいただきました(笑)
甘辛く炊いたにしんと、あっさりした京都らしいお出汁。あわてて食べたのに、ちゃんとおいしかった。

幕が上がるまでに戻れるか、内心ドキドキでしたが、無事に間に合いました。お隣さまさまです。ちなみにお手洗いには行けませんでした(笑)
まとめ
襲名の節目を、初代菊五郎ゆかりの京都・南座で観られた、特別な昼の部。顔見世らしい華やぎ、桟敷からのんびり、そして何より仁左衛門さんの俊寛。ひとつひとつが心に残っています。

竹馬を眺めて、祝幕にときめいて、幕間にそばを駆け込んで——おひとり様だからこそ、全部を自分のペースで味わいつくせた一日。満足なり。
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