マルコス浄瑠璃『金閣寺』(2026年9月)

マルコス浄瑠璃『金閣寺』(2026年9月) 文楽

真っ暗で底が見えない闇の中に、小さな光が浮かび、それがみるみるうちに大きくなって爆発するような舞台でした。静かだけど激しく、そしてとっても深い。終演後の第一声は「すごいもの見ちゃったな〜」でした🥺やはり今日も最高でした。

初めての東京芸術劇場で「身体」の話を読む

東京芸術劇場の外観
東京芸術劇場の外観

池袋の東京芸術劇場、初めて行きました。岡田利規さんが芸術監督に就任されたということで、これからこの劇場がどう動いていくのか、めちゃくちゃ注目しています。

ロビーのチラシ置き場に、岡田さんの「劇場に置くノート 1」という文章がありました。舞台の上にいる演者の身体と、客席にいる観客の身体、その両方があって舞台芸術は成立する、というお話。演者は観客の反応を見ているし、観客も演者を見て体ごと反応している。舞台はきっと、一方通行ではないんですよね。この文章を読んだ直後に、人形と人間の身体が交差する舞台を観ることになりました。いい順番でした。

マルコス浄瑠璃『金閣寺』ってどんな舞台?

原作は三島由紀夫の『金閣寺』。演出・振付は、スペインのダンスカンパニー「ラ・ヴェロナル」を率いるマルコス・モラウです。舞台に立つのは、吉田玉助さんたちが遣う文楽人形、歌舞伎俳優の中村壱太郎さんと尾上眞秀さん、アイドルの末永光さん、ヨーロッパから集まった7名のダンサー、そしてカタルーニャの歌手マリア・アルナルさん。文楽、歌舞伎、ダンス、歌。異なる身体表現がひとつの舞台に載った、世界初演の作品です。

上演時間は1幕45分、休憩20分、2幕50分。始まってしまうと、ほんとにあっというまでした。

ちなみに「浄瑠璃」ではありますが、紙の床本の配布はなく、ロビーのQRコードから公演サイトで読む方式です。客席では携帯電話の抑止装置が作動するので、観ながら読むというより、開演前か終演後に読むための資料という感じ。わたしは帰ってから読みました。これが、あとで効いてきます。

開演前の「美と滅び」

開場してすぐに入ったので、客席へ行く前に劇場内を少し散策。そこで見つけたのが、公演スペシャルカクテル「美と滅び(BEAUTY & RUIN)」🍷日本酒スパークリングに柚子ハニーとレモンを合わせた一杯だそうですが、ノンアルコールで作ってもらいました。すっきりとした爽やかな甘さで飲みやすい。正直に言うと「え?なになに?特別ドリンク?飲む!」という判断能力ゼロのノールック注文なのですが、曲線の脚をしたグラスがきれいで、とりあえずそれだけでも満足⭐️

飲みながら考えていたのは、滅びゆくものは儚くて美しい、ということ。でもチラシのビジュアルを見ていると、そんな儚いとかだけで終わる演目なのだろうか?壱太郎さんいるよ?なにかすごいエネルギーに満ち満ちているんじゃない?という予感もありつつ、始まる前からとても楽しみでした。

ちなみに今回のお席は2階のバルコニー席。座ってみると前方の柵がちょうど視界に入って、なんだか邪魔かも・・・と思いながら開演を待ちました。

焦げた定式幕と、だれよりも人間だった人形

冒頭、壱太郎さんが素顔で出てきたと思ったら、そのまま舞台の上で一心不乱に白塗りを始めます。ここでもう、つかまれました。

定式幕は燃え焦げて穴だらけ。その穴から出演者たちが次々と顔を覗かせるのですが、その中に人形の顔もある。そして、マリア・アルナルさんと人形が抱き合う。この時点で、今日は人形の日だ、と確信しました。

出演者の中で(わたしの中で)いちばん素晴らしかったのは、やはり人形でした。出てくるたびに心を鷲掴みにされて、苦しくなるくらい。文楽人形は、人形遣いさんが魂を吹き込む存在です。しかも今回は、主遣い、左遣い、足遣いの三人とも姿を見せる出遣い。人形を動かしている人たちの顔も体も、すべて見えています。それなのに、人形はいつも以上に、神のような人格を持って立っていました。あの舞台上にいただれよりも、人形が一番人間だった。

主遣いも左遣いも足遣いも、ふだんの文楽ではあまり見ないような動きが多かったのではないでしょうか。足遣いの吉田玉延さんは、とにかく舞台上を動いていました。これは大変そうだ・・・と、つい目で追ってしまいました🥺 そして、カーテンコールでは人形が客席へ投げキッス。そのお姿でとっても粋で眼福❤️
客席からいちばん大きな拍手を受けていたのも、たぶん人形だったのでは?みんな、文楽人形に心を持っていかれたんですよね〜、きっと。

「いま」しかいない眞秀さん

眞秀さんは、ちょうど子供と大人の間にいる人でした。若さという武器があり、未完成だからこその儚さと危うさと脆さがある。それは「未完成さ」を演じているというより、眞秀さんの存在そのものが儚さや脆さに宿る美の象徴として舞台に立っている。若ければ誰でもその未完成さがでると言うわけではなく、それを表現できるのは彼でなければならない、それほどにぴたりとしたお役だったと思います。目が離せませんでした。

そして、そんなはまり役の眞秀さんであっても、いまこの時の彼でなければ演じられないお役だと思います。また、それを観られるのも、いまだけでしょう。これはほかの舞台でも同じなのだと思います。初めて演じる役と、何度も演じてきた役とでは、演じ方も観客の見方も変わっていく。演者も観客も、それぞれの経験を通して変わっていく。舞台の一回性、これだから面白いんですよね〜❤️

女形の壱太郎さんが、いちばん「男」に見えた

2幕に入ると、ダンサーたちは白いコートのような衣装を外し、ワンピースのような衣装になり、その身体や動きが少し女形のようにも見えてきました。その一方で、壱太郎さんからは「生きてます!」というような強いエネルギーがあふれていました。あの舞台の上で唯一「男」だったのは、普段は女形の壱太郎さんだったのかもしれない。不思議ですね、壱太郎さんの魅力。

人形が人間に見え、生身の人間が人形に近づき、男と女の境界も揺れていく。岡田さんの文章にあった「身体」の話が、ここでまた戻ってきました。

光と音、ボルタンスキーを思い出す

2幕では、何かを叩く音に合わせて、舞台上を一本に通る照明が点いたり消えたりします。最初から「なんだか好きだな〜、この雰囲気」と思っていたのですが、途中でわかりました。クリスチャン・ボルタンスキーでした。越後妻有の廃校を使った「最後の教室」や、豊島の「心臓音のアーカイブ」。暗闇の中で光や音によって、そこにいない人の気配を感じさせる作品です。舞台を観ながらそれらを感じて、「あ〜、また瀬戸内にも行きたいな〜」となりました🚢 ボルタンスキーは定期的に見たくなる大好きな作家です。

そういえば、ダンサーの方達の顔には照明当たってなかったよね?そういう微妙な調整が舞台全体を作ってるってことですよね?末恐ろしいな、マルコスさん😱

文楽の三業でも特に大好きな義太夫は、浄瑠璃の要素として舞台に組み込まれているという印象でした。西洋の旋律と重なって義太夫が語られるという機会はなかなかないので、とても貴重。ただ、個人的には、もっとゴリゴリの義太夫節もあの舞台で聴きたかったのが本音です。

そして、マリア・アルナルさんの歌がよかった。あの悲しげな旋律はどこから来るのだろうと思って調べてみると、スペインの伝統音楽と現代の音楽を横断してきた歌手とのこと。なるほど。あの声が舞台の暗闇を満たしていたのにも納得です。

「美と滅び」の答え

あの舞台には、いろいろな種類の美しい人がいました。神のようで、だれよりも人間だった人形。生身の熱で「生きてます!」と立っていた壱太郎さん。そのあいだで、まだどちらにもなっていない時間を生きていた眞秀さん。

美しいから滅ぼしたくなる、壊したくなるという感情。そして、滅びるからこそ美しいという感覚。相反するふたつのものが、あの舞台には同時にありました。でも、本当に美しいものには、やはり触れることができない。触れられないまま、触れようとしたもののほうが壊れていく。そういう舞台だったのではないかと思います。

舞台を観ているあいだ、なぜか『豊饒の海』の気配が頭をよぎっていました。帰ってから床本を読むと、終盤で義太夫が唱える陀羅尼が、三島由紀夫『豊饒の海』第三巻『暁の寺』からの引用だとわかりました。気のせいではなかった。

原作を知らなくても、舞台美術や身体表現だけで十分に圧倒される作品です。でも、床本や原作をあとから読むことで、暗闇の底がもう少し深くなるような舞台でもありました。

まとめ

終演後のロビーに並ぶマルコス・モラウと『金閣寺』の大型ポスター
終演後のロビーに並ぶマルコス・モラウと『金閣寺』の大型ポスター

それにしても、あの演出は好みだったな〜〜〜。もう一度観たいし、マルコス・モラウの次の作品も絶対に観に行きたい。
そして、いまの眞秀さんを観られてよかったと、日常に戻ってからもじわじわ噛み締めています。

マルコス浄瑠璃『金閣寺』 公演情報
公演名Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』
公演期間2026年8月29日(土)〜9月6日(日)
劇場東京芸術劇場 プレイハウス(東京・池袋)
開演時間公演日により異なる(公式サイト参照)
演目マルコス浄瑠璃『金閣寺』世界初演(原作:三島由紀夫『金閣寺』/演出・振付:マルコス・モラウ/脚本:ロベルト・ファティーニ/音楽・歌:マリア・アルナル/竹本作曲:鶴澤慎治)
出演吉田玉助、中村壱太郎、末永光、尾上眞秀、マリア・アルナル、吉田簑紫郎、吉田玉延、ラ・ヴェロナルのダンサー7名/演奏:竹本連中
上演時間1幕45分・休憩20分・2幕50分(2026年9月時点)
備考公演情報は当時のものです。紙の床本の配布はなく、床本集は公演サイトで公開。客席内は撮影・録音不可。
ひとり観劇メモ2階バルコニー席からは、舞台端の大きな出入口まわりが見切れます。そこから漏れる光の色が変わるのはわかるものの、内側までは見えませんでした。前方の柵は、体の位置を少しずらせばそれほど気になりませんが、ずらしにくい席だと視界に入りやすいかもしれません。ロビーの公演スペシャルドリンクはノンアルコール対応可でした。
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